yuki-midorinomoriの日記

イメージを揺さぶり脳をマッサージする音楽

チェロ、ベースの浮遊体感覚と共に至高をめざすエヴァンパーカーとデレクベイリー

イメージ 1

ジャズバイオリンならたまに聞きはするけれど、チェロが入っているジャズトリオというのも珍しいのではないか。先年12月末に鬼籍に入ったと聞く孤高のギタリスト、デレクベイリーがフリーインプロヴィゼーションプレイヤーの活動のために創設したイギリスINCUSレーベルの№21とうたれた『COMPANY1』。タイトルどおりグループ<COMPANY>としての1976年5月におこなわれた最初のコンサート記録ということである。メンバーは
MAARTEN VAN REGTEREN ALTENA (BASS)、
TRISTAN HONSINGER (CELLO)、
EVAN PARKER (SOPRANO&TENOR SAXOPHONE)、
DEREK BAILY (ACOUSTIC&ELECTRIC GUITARS)の
ドラムレスの4人からなるが、SIDE1a.「No South」ではメンバーはDEREK BAILY、MAARTEN VAN REGTEREN ALTENA、TRISTAN HONSINGERのトリオ、SIDE1b.「No North」では、TRISTAN HONSINGER、EVAN PARKER、MAARTEN VAN REGTEREN ALTENAでのトリオ、SIDE2c.「No East」では、TRISTAN HONSINGER、EVAN PARKER、DEREK BAILYでのトリオ、SIDE2d.「No West」ではEVAN PARKER、DEREK BAILY、MAARTEN VAN REGTEREN ALTENAでのトリオとなって、おのおのメンバーを変えたトリオで演奏されている。チェロが入ったフリーインプロヴィゼーションジャズというのも、なんとも奇妙な浮遊した調子パッズレのような、すわりの悪い精神世界をもたらしてくれる。コントラバスでなくてチェロというのがこれまた口三味線的で、調子パッズレのはぐらかしたスキャットのように、くにゃくにゃした中心定まらぬ奇態な浮遊体感覚には驚きだ。なんとも奇妙な模糊としたサウンド世界である。このチェロのTRISTAN HONSINGERも奇態な異形の解体的意志を持つ奏者と見うけられる。SIDE1b.「No North」でのエヴァンパーカーとチェロ、ベースのトリオ演奏は秀逸である。4曲のうちもっとも良くコラボレイトしているのではないか。擦弦楽器であるチェロのうねる浮遊体世界とエヴァンパーカーの内閉するM.C.エッシャー的な内・外、無限反転するがごとき捻転サックスの絡みは新鮮だ。それにしてもこの病的なまでにハズレ行くチェロはいったい何か。
デレクベイリーのギター、エヴァンパーカーのサックスはいつもながらに凄い解体的演奏で音空間を厳しくタイトにし、自らが空虚=ウツと化すが如く内閉的までにエネルギーを冷たく内側へ向けて放射し続ける、それはまるでウツの極点に存在と化す意志の至高の現れといいたくなる。
そうした独特の世界を現前させる特異さは、やはり彼らのものであり、この時代が生んだ追随を許さぬ孤高の極致であり、至高なるものといっても間違ってはいないだろう。
そうした彼ら二人に、とりわけチェロの中心定まらぬ浮遊する奇態な遊体感覚がからまり展開してゆくインプロヴィゼーションは新しい世界を味わせてくれる。
このような意味で『COMPANY』の試みは多いに成功しているといえるだろう。それにしてもデレクベイリーのはじき出す一音には音空間を凍りつかせるほどの厳しいまでの決定を宣するエネルギーに満ちている。奇妙な印象で引き込ませるフリーインプロヴィゼーションジャズであろう。