yuki-midorinomoriの日記

イメージを揺さぶり脳をマッサージする音楽

2007-02-01から1ヶ月間の記事一覧

ポール・ヴァレリーPaul Valéry(1871 - 1945)『テスト氏』

Du Pré & Elgar Cello Concerto - Part 1 ジャクリーヌ・デュ・プレ Du Pré & Elgar Cello Concerto - Part 2 実力の差があるとはいえ何が起こるか判らないのもサッカー、先ずは北京へ向けてのU22サッカー日本代表の勝利を祝うことにしよう。とま、記事書き…

なぜ、人は過ち誤謬を避けらないのか?≪人間この過ちやすきもの≫(ポール・リクール)。

「おお、人間の愚劣さ、お前は一生涯自分自身と一緒にくらしながら、 しかもまだ、お前が一番多く所有しているもの、 つまりお前の阿呆らしさを理解していないのを悟らないのか」 レオナルド・ダ・ヴィンチLeonardo da Vinci なぜ、人は過ち誤謬を避けらない…

構成なす展開の作り出す弦楽の妙味、色艶、確かさ。エリオット・カーターの『弦楽四重奏No.1』(1951)、『弦楽四重奏No.2』(1959)。

Elliott Carter - String Quartet No. 1 (1/4) エリオット・カーターelliot carter この構築の堅固、確信はなんなのだろう。強迫か。斯くまで見事に音で埋めなくてはならないかとの印象させるエリオット・カーターelliot carter(1908‐)の『弦楽四重奏strin…

惜しくもアルバム世に出ると同時に分解した才人揃うインテリジェントフリージャズ。チック・コリアとアンソニーブラックストンらの『サークルcircle paris concert』(1971)

Braxton_Corea_Holland_Altschul - Nefertitti [Circle_Paris Concert].wmv チックコリアchick corea 今の動向は皆目不通なので逡巡したのだけれど、今日取り上げるアルバムはチックコリアchick corea(1941-)のリーダアルバム『サークルcircle paris concert…

綾なす音の彩りと多層的な音の煌き流動の生き生きとしたさま、これは新大陸アメリカではない!?エリオット・カーター(1908-)『3群のオーケストラによる交響曲』(1976)。

Elliott Carter, A Symphony of Three Orchestras エリオット・カーターElliott Carter えらい拾い物?いや購入所蔵しているのだし、一度は耳にしているのだからその謂いはあたらないのだろうけれど、今日聞きなおしてその印象が先ずいっとう最初のものだっ…

革新的保守性に、民族の矜持をさえ聞く譚盾(タン・ドゥン)の『マルコ・ポーロmarco polo』(1995-96)

Tan Dun - Four Secret Roads of Marco Polo (part 4) 譚盾(タン・ドゥン Tan Dun) 今日は、現代中国を代表する、といっても国外で活躍する現代音楽の作曲家である。と言うはいいけれど、斯く云う私は、この譚盾(タン・ドゥン Tan Dun 1957-)なる人物を…

革新のなかにさえ、音楽への思いは伝統に根ざしている、そうした印象を強く感じさせるアルバンベルク四重奏団のウェーベルン。

ローマン・ハウベンシュトック・ラマティRoman Haubenstock-Ramati 先日、ブログで取り上げたアントン・ウェーベルンの弦楽四重奏作品のアルバムは、イタリア弦楽四重奏団のもので録音は1970年のものだった。本来探していたレコードは今回取り上げるオースト…

親しみやすく、心地よく聞きやすい、情緒性を感じさせる作品富樫 雅彦『スピリチュアル・ネイチャー』(1975)

なんでも、今日この取り上げるアルバム『スピリチュアル・ネイチャー』は1975年の≪スウィングジャーナル誌「ジャズディスク大賞」「日本ジャズ賞」をダブル受賞≫(WIKIPEDIA)という栄誉に輝く名盤だそうであるけれど、そうした情報記憶が飛んでしまっている…

富樫雅彦と佐藤允彦、尺八の山本邦山が織りなす日本的余情の尺八との知と技の巧みのコラボレーション、『無限の譜』(1979)。

今日取り上げ紹介するアルバム『無限の譜』(1979)は、尺八の山本邦山のリーダーアルバムであり、メンバーは、パーカッションの富樫雅彦、そしてピアノが佐藤允彦という構成でのトリオでのもの。すでに私のブログでも2作品がすでに登場している。先ず菊池雅…

過剰と空疎からは無縁な十二音音楽の旋律の美しさルイージ・ダッラピッコラとふくよかで艶やかなその豊かな音色のブルーノ・マデルナ。

Luigi Dallapiccola: Three Questions with two Answers (1962-1963) Movimenti 1-3 ルイージ・ダッラピッコラLuigi Dallapiccola さて今日は、イタリアの作曲家。すでに故人であるけれど、重要な作曲家を取り上げよう。イタリアで最初に12音音列技法を使っ…

峻厳寡黙、冷厳にして張り詰めた美の世界。アントン・ウェーベルン『弦楽四重奏のための緩除楽章langsamer satz』(1905)ほか。

Anton Webern - Six Bagatelles for String Quartet アントン・ヴェーベルンAnton Webern かつて浅田彰は、人間をその特質としてスキゾとパラゾ型に分けた。分裂症的としてのスキゾ、偏執狂的パラノイアとしてのパラゾだそうである。そのでんでゆくと、私は…

女性版山下洋輔か、はたまた女性版セシル・テイラーか。イレーネ・シュヴァイツァーをピアニストに疾走するピエール・ファーヴルトリオの『サンタナSANTANA』(1968)

ピエール・ファーヴルPierre Favre いきなりペーター・コヴァルトPeter Kowaldの力強いベースが耳を撃つ。もう一気呵成女性版山下洋輔トリオである。といっても、あちらでは女性版セシル・テイラーと称されているらしい。その女性ピアニストとは、スイスのイ…

様々な意匠の斬新な音響が深く重く力強く持続力を持って移ろい押し寄せてくるクラウス・フーバー『TEMPORA(KONZERT fur Violone und Orchester)』(1969)

クラウス・フーバーklaus huber 今ヘッドフォーンで今日取り上げるアルバム、スイスの現代音楽作曲家クラウス・フーバーklaus huber(1924-)を聞いている。およそ4千円程度の安物であるが、いい音がしている。といっても聞き比べてというより高価なものがどの…

緻密堅固、重厚さももつオーケストレーションが魅力アンリ・ディテューユHenri Dutilleux(1916-)の『交響曲第一番』(1951)

Dutilleux- Symphony No. 2 (1/4) 投稿音源の1番ではありません。 アンリ・デュティユーHenri Dutilleux 新古典派の音楽をほとんど聞いてこなかった私が、どうしてこの、今日取り上げるアルバムを所持しているのか、その経緯のほどはまったく記憶にない。そ…

道教・老荘的感性を強く意識させる音たちの生成消滅小杉武久率いる『TAJMAHAL TRAVELERS』(1974)

大磯海岸・24時間パフォーマンス1970 Taj Mahal Travellers on Tour Taj Mahal Travelers - August 1974 タージ・マハル旅行団 小杉武久率いる『TAJMAHAL TRAVELERS』(1974)やはりレコードとはいえ、2枚組み、どこにもTIME データらしき文字が見当たら…

たえざる始原を喚起する情念の響きジャチント・シェルシ(1905 - 1988)のチェロ独奏曲集。

Giacinto Scelsi ~ Trilogia : Triphon ~ Part 1 フランスの現代音楽の主要な潮流のひとつ≪倍音を分析して音色の推移にこだわる作曲理論を展開≫(WIKIPEDIA)するスペクトル楽派が、その創生によりどころとしたイタリアの狷介≪なんでも写真を一切残さず(ご…

余韻の深さに来し方万象を聞く静謐な響き。モートン・フェルドマンの『TRIADIC MEMORIES』(1981)

Morton Feldman : Triadic memories モートン・フェルドマンMorton Feldman 以前のブログ稿にも引用したけれど≪フェルドマン自身は、静かな音は彼が興味を引く唯一のものであると述べた。≫(WIKIPEDIA)とあった。これは誰が聞いても頷ける言葉である。ほと…

精神の充溢が顕著なシェーンベルクの「ヴァイオリン協奏曲 op.36」と、調性に後退したグールド弾く「ピアノ協奏曲 op.42」。

?H3>Mitsuko Uchida on Schoenberg's Piano Concerto ドイツ語訛りの英語がおもしろい内田光子 アーノルド・シェーンベルク 以前から棚にあったものを取り出し、携帯電話のカメラでアルバム撮影を終え、いつでもブログに登場できるように、スタンバイしては…

久しぶりに聞き返し、俄然ますます面白くなってきたセシル・テイラーのピアノ『コンキスタドールConquistador』(1966)

CECIL TAYLOR, Conquistador (Part 1) セシル・テイラーcecil taylor 先日のセシル・テイラーcecil taylorの「ユニットストラクチュア」を数十年ぶりに聞き返してみて、思いのほか新鮮で面白く聞けたので今日もその勢いで、ブルーノートレーベルでの第二弾、…

東洋音楽の瞑想的雰囲気を醸すドローンが絡み合って、神秘性と哀切ささえ湛えたクラウス・シュルツの『Picture Music』(1975)。

Klaus Schulze Picture Music part クラウス・シュルツKlaus Schulze 今日は久しぶりに、毛色を変えてプログレッシッヴ(progressive)ロックを取り上げることとしよう。とはいえグループのそれではなく、ソロパフォーマンスであり、シンセサイザー演奏で70…

コレクティヴなプレイのしなやかさとセシル・テイラーの並外れた集中力、知と情の見事なバランスでエネルギッシュに疾走するピアノ。構成感見事な『Unit Structures』(1966)

Unit Structures, Cecil Taylor - Art Video, Alan Silva 1966年の録音だそうである。ブルーノートレーベルでの第一作とある。セシル・テイラーcecil Taylorのソロが断然興味を惹くのは、彼のリーダーアルバムであることであってみれば当然のことだけれど、…

万事休すで、YOUTUBU検索。

今日は、稿を起こそうとして、いろいろなストックデータのはいった持ち運び出来るUSBメモリースティックを自宅へ持ち帰るべく袋のなかへいれたつもりが、ない!。万事休すだ。もうお手上げである。画像データーから、その他の参考データーなど手元にまっ…

室内楽のアンサンブルに感じる展開の妙の至福感、その溌剌としたインタープレイの心地よさ。素晴らしいSMEのコレクティヴジャズ『THE SOURCE‐FROM AND TOWARDS』(1970)。

ジョン・スティーヴンスJohn Stevens きのうは、オーネットコールマンの「FREE JAZZ」。ダブルクァルテット8人によるコレクティヴなパフォーマンスが面白かった。ということで、今日は、すでに拙ブログに幾度か紹介登場しているマイフェイバリット・ジャズミ…

生き生きとしたアドリブ展開、ダブルクァルテットによるコレクティヴ・インプロヴィゼーションジャズ。オーネット・コールマン『FREE JAZZ』

The Ornette Coleman Double Quartet - Free Jazz オーネット・コールマンOrnette coleman アルバムには録音データらしきものが見当たらず、念のためネットを覗くと、1961年の録音とある。メンバーを、アルバムから拾うと、これが凄いメンバーである。ダ…

DADA的音響のパッチワーク的世界に興趣つのる、斜(ハス)に構えるリュック・フェラーリの『Interrupteur』(1967)と『Tautologos3』(1969)。

Luc Ferrari ~ Interrupteur ~ 1/4 リュック・フェラーリLuc Ferrari ≪大里:70年の大阪万博で、悠治さんがフェラーリの『ウント・ゾー・ヴァイター』を弾かれたのはご覧になったんですか? 近藤:僕は聴衆でした。 大里:その前にフェラーリっていう名前は…

リズムと沈黙、持続を経巡り雌伏していたジョン・ケージ。マンハッタン・パーカッション・アンサンブルの『CONCERT PERCUSSION for ORCHESTRA』

John Cage: Second Construction (1940) ジョン・ケージJohn cage ≪ケージが打楽器のために作曲するようになったきっかけのひとつは、シェーンベルクに師事して12音音楽を学んだことである。もし調性音楽から脱却しようとするなら、調性を規定してきた固定…

こんなあんなで毒づきはするものの洗練の極み。凄いピアニストのビル・エヴァンス『EXPLORATIONS』(1961)。

Bill Evans Trio – Nardis:Personnel: Bill Evans (piano), Scott LaFaro (bass), Paul Motian (drums) ビル・エヴァンスBill Evans コメントへのご返事とか、ブログへとお邪魔している間に時間が経ってしまい、また曲者のYOUTUBEをあちこち検索視…

生き生きとした躍動感とエネルギッシュでパワフル、若さが輝いているのだ。ポーランドフリージャズ。トマス・スタンコの『TWET』(1971)

Tomasz Stanko Quartet トマス・スタンコTomasz Stanko 今日はポーランドジャズ。といっても1971年の収録ものだからずいぶんと昔のものである。いまだ社会主義体制の下にあった頃でもある。とはいえ比較的西側の自由主義圏との行き来はあったようである…