yuki-midorinomoriの日記

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スケール大きく堅固な構築展開の美に驚く、諸井三郎(1903‐1977)作曲『交響曲第2番』(1938)

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諸井三郎 交響曲第2番(1938) Saburo Moroi: Symphony No.2

               

初演後実に33年ぶり(1972年録音)2回目!の演奏がこのアルバムに収録されているそうである。諸井三郎(1903‐1977)作曲『交響曲第2番』(1938)である。駄作ゆえでは断じてない。傑作である。当初、レコードに針を下ろし、その堅固な構築性、骨太な分厚いオーケストレーションを聴いたときの驚きは相当なものであった。すごい作品、作曲家。こんなのがあったのかという驚き以外の何ものでもなかった。一般的によく聴かれる民族派の作曲家、伊福部昭ほかとはまったく異質なその存在に、そして作品に驚いたのだ。西欧のとりわけフランス系の洗練された書法で書かれた作品群とも違う、スケールが大きく強固な構築性、論理的展開を持ったドイツ系の、それも完成度の高い見事な作品なのだ。隠れた名作、傑作なのだそうである。そうも云いたくなるだろう。33年経てのやっと2回目演奏であってみればなおさらであろう。つい最近(2004年)廉価で有名なナクソスNAXOS)レーベルで出されたと聞く、これまた太平洋戦争敗走の悲劇的結末直近でもある1944年に<遺書>として作曲され、前作以上に心血注がれて壮絶悲痛を響かせ、感銘おく名作と謳われている『交響曲第3番』(1944)。この作品を評し≪日本の音楽史上に燦然と輝く壮絶な大作である。≫との評言もある。わたしは未だこの音盤手元に無く聴く機会がないままであるが、その作品も同様、戦中ゆえに演奏機会を得られず1950年に初演、続いて翌月ラジオ放送され、その次の3度目は、実にそれから28年後に演奏されたそうである。斯くほどさように聴く機会少ない重要な作品も少ないのではないだろうか。作曲家諸井誠の父でもある諸井三郎は、秩父セメント(現・太平洋セメント)の創業者一族の出自をもち、若くして作曲に手を初め≪事実上、諸井の作品発表のための組織と言うべき音楽団体「スルヤ」を結成、31年まで7回の演奏会を持ち、ここで諸井は、ピアノソナタにピアノ協奏曲に管弦楽伴奏付き歌曲・・・、総計30曲以上を発表している。この「スルヤ」には、河上徹太郎らが同人として参加し、その周辺には、三好達治中原中也小林秀雄中島健蔵今日出海大岡昇平らが居て、諸井と交際していた。まこと、「スルヤ」の人脈は華々しかった。≫(NET記事より引用)。これを見ても彼の<知・音楽>の位相がおおよそ察しがつこうというものだろう。民族派との位相差はあきらかだろう。西欧知の習得洗練にあった。≪諸井にとって作曲とは、限られた動機・主題の、緊密で有機的でテンショナブルな展開・発展による、音の伽藍の構築を意味した。大規模かつ意志的、論理的な、19世紀風のソナタ交響曲や協奏曲こそが、諸井にとって作曲に値するものだった。彼は、そうした構築性を欠き、せいぜい歌曲を書くのが関の山の、上の世代の日本の作曲家たちを目の敵にし、日本に真の論理的・構築的作曲の伝統を根づかせることを、自らの使命と考えた。≫(NET記事より引用)。確かにこの評言どおりの無比の凄みである。出だしからもう魅きこまれるほど見事でありテーマ提示である。こんなに洗練され厚みを持ったスケール大きい響きのオーケストレーションが、1937年という≪日支事変が勃発し、日本の進路に大きな変化と困難さが予想された時期≫(柴田南雄=諸井三郎に師事)に創られていたことにいまさらながらに驚く。構築、展開(ドイツ留学等で研鑽磨きをかけた)の確固とした厳しさと、美しさに感じ入り、3楽章からの壮大かつ悲愴哀切な展開をへての終結部では圧倒され感動することだろう。大道・香具師のセリフではないが、是非だまされたと思って聴いて欲しい。ただし実際に聴いた『交響曲第2番』はであるが。時代を思えば驚きの一語である。私は、ブルックナーや、マーラーなどを今まであまり聴いてきたわけではないので、鵜呑みにするしかないのだけれど次作44年の『交響曲第3番』は≪ブルックナー「第九」を強く想起させる構成の作品です。滅び行く「大日本帝国」の中にあって、諸井三郎が音にした「日本人の白鳥の歌」と言える大作であり、マーラー「第九」の終楽章やシベリウスの後期諸作品、あるいはR.シュトラウス最晩年の傑作にも通じる、彼岸からの響きに満たされた崇高な音楽です≫また他でも≪個人的に、邦人のみならずもっとも重要で好きな交響曲作家。特にマーラー聴き、ショスタコ聴きは必聴。カッチョええ~~。≫とまで最大級の賛辞が与えられている。多分そうだろう。私も繰り返しになるが、これらと同様の賛辞を惜しまないだろう。もっともわが敬愛する音楽評論家秋山邦晴は、小林秀雄らを筆頭に、戦火、焦土の日本にあって押し黙り一見思想的無傷で通過した戦前インテリゲンチャ達の知の位相同様、諸井三郎の作品に対してもその背後にある<知・音楽>の位相、処し方に彼ら同様鋭い批判を呈している。だがそれが至当かどうかは今の私には判然としない。それらは、またの機会としたい。ただ時代性を鑑みて驚きの作品、作曲家であることは断言できる。カップリングは民俗的ロマン情緒ある大木正夫『夜の思想』であり、これも艶やかに良く鳴りすぐれたいい作品だ。