yuki-midorinomoriの日記

イメージを揺さぶり脳をマッサージする音楽

時代を語る熱きことば<主体(性)論>。かようなコトバが飛びかっていた<日本フリージャズの>熱き時代のドキュメント。富樫雅彦と佐藤允彦のデュオアルバム『双晶』

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佐藤允彦
イメージ 2『73年、日本フリージャズの熱気の渦』とタイトルしてずいぶんと前にブログを投稿した。それは1973年6-7月東京・新宿で「フリージャズ大祭・インスピレーション&パワー―14」と銘打って開催されたコンサートのピックアップ収録2枚組みレコードの記事だった。今回取り上げる富樫雅彦佐藤允彦のデュオアルバム『双晶』は、その2枚組みのドキュメントにも一部が収録されていた。収められているものすべてが聞きものだったけれど、なかでもこのデュオはその研ぎ澄まされた緊張感の張りつめようにおいて圧倒的なパフォーマンスだった。先のブログで次のような印象をわたしは綴った。≪山下洋輔は言うまでもないが、今あらためて佐藤允彦の先鋭ぶりに感じ入った次第である。2枚目B面1の翠川敬基、田中保積との自らのユニット「がらん堂」による『フェイズ13』、A面1の富樫雅彦とのデュオ『レミニス』に聴く正にサブタイトルとおりのインスピレーションあふれる才気の発露には感じ入りうなってしまった。優れた酔う(スイング)プレーヤーは数多いのだろうけれども、音に生きる優れたプレーヤーは稀であることを納得させる演奏ではあった。≫いまその時のデュオライヴを1枚ものとして出されたこの『双晶』を聴いても印象は変わらない。まさに解説者・副島輝人がライナーノーツで言っているように≪精神が凍りつくほどのスタティックな美の世界とともに、絶対の均衡があった。≫斯く感じさせる佐藤允イメージ 3彦の先鋭なピアノスタイルは独特であり、ゆえに聴者に精神の緊張と想像力を要求するものでもあった。富樫允彦は≪「創るものの創造性と、聴く者の想像力とがぶつかり合う時にこそ、真の音楽の場が成立する」≫といっていたそうである。極度に抽象化され研ぎ澄まされたデュオ・インタープレイの≪凍りつく平原で、我々の意識は一点の火と燃える。想像力をひろげることによってのみ、我々は主体を回復し、抽象的な音楽の場に参加し得るのではないのか。≫(解説者・副島輝人)そう、時代を主導していた<主体(性)論>であった。まさに時代を語る熱きことばである。かようなコトバが飛びかっていた<日本フリージャズの>熱き時代でもあった。