yuki-midorinomoriの日記

イメージを揺さぶり脳をマッサージする音楽

岸田劉生「壷の上に林檎が載って在る」(1916)。不可思議な驚くべきリアリズム。

「壷の上に林檎が載って在る」(1916)
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自分の求めるものは深き神秘だ。其処に表れる無限だ。自分はそれをいまは実在の諸現象の底に見る。道はかくて一口には云えないけれど、写実より入った神秘の道と云われてもいいと思っている。

深く写実を追求すると不思議なイメージに達する。それは「神秘」である。実在の感じの奥は神秘である。それは無形の美である。それは不思議な装飾的リズムを持つ。・・・

この世界が、人類の「心」と知恵によりて装飾せられるという事は世界に対する肯定のシンボルである。かくて美術は造化の最高の匠みである。人工という事は、自然の巨匠が造った製作の最後の表現である。
                               岸田劉生


サルバドール・ダリの有名なハイパーリアリズムともいえる<細密に描写されたパン籠。「私の目的は、時代を経て失われた技術を取り戻すこと、爆発前の物体の不動の状態に到達することである」。(ダリ)≫

今日は踏んだり蹴ったりだった。仕事でのトラブルに始まり、データまで失うに至る致命的なコンピュータの故障というより、デッドエンド。やる事なす事うまくゆかない日というものはあるものだが・・・、ほんとうに、災害ではないけれど三隣亡は忘れた頃にやってくる。もうお手上げである。気分落ち込むだけではなく、どっと疲れが出た。ということで、このブログ記事も帰宅後、自宅のコンピュータで、意気消沈、なかばやけ気味で綴っている次第。ぼやきで始まる、はた迷惑な鬱陶しいおもいをさせるブログだ。ということで、図書館で借りてきた岸田劉生の画文集、といっても小冊子なものだけれど、印象に残った絵とことばを投稿して鬱陶しい気分をひと時でも紛らすこととしよう。この岸田劉生は含蓄のある思索的言葉を残した画家らしいけれど、なるほど考えさせる言葉に出くわす。先日の小林秀雄

    画は、何にも教えはしない、
    画から何かを教わる人もない。
    画は見る人の前に現存していれば足りるのだ。
    美は人を沈黙させます。
    どんな芸術も、その創りだした
    一種の感動に充ちた沈黙によって生き永らえて来た。
    どの様に解釈してみても、
    遂に口を噤むより外はない或るものにぶつかる、・・・・

                小林秀雄「私の人生観」

との格好のいいことばがあるけれど、そうは云っても内省的で思索的な哲人ともいえる、この画家の言葉は画ともども味わい深い。小林秀雄の言葉のように、画は言葉で理解するタチのものではないと了解しつつも、武満徹のことば同様魅力がある。≪意味≫地平の論理超越にこそ<美>の感得はやってくるのだろうとは思いつつも・・・。