yuki-midorinomoriの日記

イメージを揺さぶり脳をマッサージする音楽

『若き日の藤沢嵐子(1951~54)~早川真平とオルケスタ・ティピカ東京』。後年の成長したネイティヴにひけをとらぬバツグンのタンゴ歌唱の幕開け。

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Tango - Mama, Yo Quiero Un Novio - RANKO FUJISAWA

            

らんこ?そうですタンゴ歌手の藤沢嵐子。『ママ私、恋人が欲しいの/藤沢嵐子名唱集』(1968)。痺れるような情感溢れる特筆の歌唱力。≫とタイトルし投稿したのはほぼ1年半前だった。それはネイティブと言ってもおかしくないほどの堂々たるタンゴ歌唱だった。今日取り上げる、といってもいつもとおなじくネット図書館を利用して借り受けたものだけれど。それをさかのぼること10余年の1951~54のあいだに、わが国の本格的タンゴの先駆的存在としてその名を音楽史に刻む「早川真平とオルケスタ・ティピカ東京」の若手専属歌手としてパフォーマイメージ 2ンスされた歌唱集。ここに聴ける初々しいタンゴ歌唱は、時代的制約の拙い機器、録音技術の所為もあるだろうけれど、後年の成長したネイティヴにひけをとらぬ情感溢れるバツグンのタンゴ歌唱に比べると線が細く、よく謂えばナイーブ、押し出しが効いていない。ポピュラーミュージックっぽいタンゴと言えなくもない。しかし、大戦、敗終戦直後のわが焦土、金もなければ職もない。たんに家計を支える生活の為にはじめた歌手生活、身近に範とするもののないタンゴと謂うも、まったくリッパなものでゴザイマスです。

藤沢 嵐子(ふじさわ らんこ、1925 - )。・・・満州、大連、そして終戦引揚者、家計を支えるため、生活のための音楽活動への自己投企。う~ん、戦後女性ジャズピアニストのパイオニア、傑女、穐吉敏子と同じような道を歩んだ女性がここにもいたのだ。





『若き日の藤沢嵐子~早川真平とオルケスタ・ティピカ東京la orquesta tipikca tokio
LOS PRIMEROS EXITOS DE RANKO FUJISAWA
                          
早川真平とオルケスタ・ティピカ東京 (HAYAKAWA SHINPEI Y SU ORQUESTA TIPICA TOKIO)
[VO ]: 藤沢嵐子 (FUJISAWA RANKO)
                          写真:前列中央・藤沢嵐子、左側・早川真平
イメージ 31. さらば草原よ
ADIOS PAMPA MIA
2. ジーラ・ジー
YIRA,YIRA
3. 白いスカーフ
IL PANUELITO
4. 希望(エスペラール)
ESPERAR-VALS-
5. ポエマ
POEMA
6. ママ,私恋人が欲しいの
MAMA,YO QUIERO UN NOVIO
7. さよならも言わずに
SU FUE SIN DECIR ADIOS
8. 祈り(オラシオン
ORACION
9. カミニート
CAMINITO
10. 淡き光に
A MEDIA LUZ
11. バンドネオンの心
ALMA DE BANDONEON
12. お聞きください,判事様
USTED SABE,SENOR JUEZ
13. チューリップの踊り
LA DANZA DEL TULIPAN-MILONGA CANDOMBE-
14. 嘘でしょう
PARECE MENTIRA
15. 情熱(パシオナル)
PASIONAL
16. もう決して許さない
NO TE PERDONO MAS
17. 交わす盃
TOMO Y OBRIGO
18. 母のために
HECELO POR LA VIEJA
19. ウナ・カンシオン
UNA CANCION
20. パティオ・ミオ
PATIO MIO


Tango - Caminito - RANKO FUJISAWA