yuki-midorinomoriの日記

イメージを揺さぶり脳をマッサージする音楽

わが国近代絵画の先駆け、浅井忠。対象を見る清新な、気迫のこもった意気、精神、眼差しが好きなのだ。ま、こちとらの勝手な思い込みもあるのかもしれないが。

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少女と犬(1893、明治26)頃

以前にも記したことだけれど、わたしの音楽ブログの雑感をもたらす場所、音源のリスニングポジションは、おおむね仕事の行き返りの自動車の中でのラジオ放送でありCD鑑賞です。つまりは、チープな再生装置によるそれです。だから、連休で、そうした機会のもてない、きょうの日なんぞ、さて・・・と、投稿のネタに窮することと相成る。せっかくの骨休みなのに、かしこまって音楽に耳傾けるのは、やはりシンドイことで、半覚半睡のダラダラとした読書といえるほどでもない読書、いや居眠りで休日が過ぎる。

で、きょうは音楽はお休み。


ところで、過日テレビの美術番組で草創期の西洋画家、浅井忠(あさい ちゅう、安政3年(1856年) - 明治40年(1907年))がとり上げられていた。だいぶ以前にも観た記憶があるのだけれど・・・。再放送なのかどうかは知らない。今回は近代工芸デザインの革新という切り口からの内容だった。
ま、そんなことはともかく、この浅井忠や、世代的には少し前の、高橋由一(たかはし ゆいち、文政11年(1828年) - 明治27年(1894年))(これも少し前に放映されていた)は、わが国の西洋絵画の先覚者として、私自身おおいに興味あるところで、それらの番組を興味深く鑑賞した。


だいぶ前、ブログ開設間もなくに、以下投稿していた。


http://blogs.yahoo.co.jp/tdhdf661/41521269.html 江戸美意識を手放さず西洋油彩画に苦闘した先覚者、高橋由一のハイパーリアルな『鮭』(1877)ほかの画業

http://blogs.yahoo.co.jp/tdhdf661/41379025.html 澄んで清々しくさえある静やかな抒情。近代洋画の先駆け浅井忠(1856-1907)


その、対象を見る清新な、気迫のこもった意気、精神、眼差しが好きなのだ。ま、こちとらの勝手な思い込みもあるのかもしれないが。

で、さっそく、ネット図書館にて、浅井忠の画集を借り受け鑑賞した。

貼り付けた画像(画)は、代表的なものではないのだけれど・・・。


イメージ 2婦人像(1907、明治40)