yuki-midorinomoriの日記

イメージを揺さぶり脳をマッサージする音楽

SMEの実に37年前のコレクティヴインプロヴィゼーションジャズ

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             Spontaneous Music Ensemble - karyobin part 1 (1968)
             http://www.youtube.com/watch?v=DMqq5YTC1Uk
             Spontaneous Music Ensemble - Karyobin pt. 2 (1968)
             http://www.youtube.com/watch?v=HYbf5poRCdI

1968年といえば、今から実に37年前、現在二十歳前後の若き世代の人々からすれば生まれる以前のずいぶんと歴史をさかのぼることになるけれども団塊世代にとっては血気真っ只中、このような密度の高いフリージャズが当時すでに見事なまでに実践されていたことをどう受け取るのかいささか興味のあることではある。個人的には、その後のいわゆるフュージョンなるものの台頭、そうした動きにはまったく受け入れがたい唾棄すべきものであった。ウェザーリポートだったか、またあの偉大なマイルス・デービス、チックコリアのそうした時流志向のサウンドには辟易し舌打ちしていたものであった。ジャズはこのとき以降個人的印象としては表面的にはともかく衰退への道まっしぐらと評してもいいぐらいのていたらくであった。極端に言えばそれを境に私はジャズからとうざかったといっても過言ではない。あの媚びたサウンドがいやらしく我慢ならなかったのだ。今日に至ってもアダルトサウンドと称し癒しのジャズポップスサウンドとして軽く聞き流されているのは周知のことである。プレイヤーとしての彼らの矜持・プライドに興ざめしたのも事実である。中途半端に心地よく乗ることすべてのコンセプトの音楽に何ほどのものがあろうか。ロックの圧倒的なぱわーとえんたーていめんと、貪欲な創造力の前に雲散霧消し衰退の道へとジャズが押し込まれていったのも無理からぬことではあった。インタープレイのなかでのインプロヴィゼーションの創造の醍醐味、その音連れの場の共有にこそ存在根拠があるだろうジャズがそうしたことからとうざかればとうざかるほど魅力は失せていった。まさに山下洋輔いうところのジャズのプロト・始原の忘却であった。その後細々と楽しめるアダルトジャズとしてマイナーであることを善しとし今日に至っている。商業的にはそれで十分であろう。過去もそうであったことだし、それでいいのかもしれない。けれども、70年前後以降のフリージャズの創造的熱気を知る団塊と称せられる世代からすればいささかの沈滞状況に幻滅戸惑いを禁じえない。フリージャズへの関心をもっている若い世代に、この1968年という今から実に37年も以前にこのようなコレクティヴインプロヴィゼーションの見事に尽きるフリージャズが、イギリスの先進的ジャズドラマーのジョン・スティーヴンスのコンセプトのもと『The Spontaneous Music Ensemble』として参集実践されていたことを是非とも知っていたただきたいと思い取り上げた次第である。サックスのエヴァン・パーカー、ベースのデイヴ・ホランド、トランペットのケニー・ホイーラー、そして2005年12月に鬼籍に入ったと聞く稀代の孤高のギタリスト、デレク・ベイリーとのクインテットによる、楽園にすむ想像上の鳥を意味するという『Karyobin』とタイトルされた37年前の今なを聞き返すに値するアルバムがこれである。