yuki-midorinomoriの日記

イメージを揺さぶり脳をマッサージする音楽

嫋嫋と奏でられる弦とメシアン自身が弾く鐘の音のごとく崇高なピアノとの神々しいまでの響『世の終りのための四重奏曲』(1941)

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                注、上記アルバムの演奏ではありません。

=== Olivier Messiaen - Quartet for the End of Time (V. "Louange à l'Éternité de Jésus" ===               

オリヴィエ・メシアン(Olivier Messiaen, 1908 - 1992)は20世紀のフランスおよび世界を代表する作曲家、オルガン奏者である。≫(wikipedia)と何もこのような記事を引っ張ってくるまでもなく音楽史に残る傑出した作曲家・教育者であることは言うまでもないことである。≪8歳の頃からひとりでピアノと作曲の勉強を始め、11歳でパリ音楽院(コンセルヴァトワール)に入学。在学中より多くの作品を残し、1930年頃からはインドやギリシアのリズム、音と色彩の関係、鳥の鳴き声などの探求を始め、その影響が作品にあらわれるようになり、独自の音楽語法として用いるようになる。・・・第2次大戦中にはドイツ軍の捕虜となり、収容所内で「世の終りのための四重奏曲」を作る。≫「ヨハネの黙示録」から霊感を得てそこで作曲されたというだけではなく、自らがピアノパートを演奏し<1941年1月15日スタラッグの第8捕虜収容所で初演された>といういわくを持つ名曲である。そしてこの今回採り上げるアルバム『世の終りのための四重奏曲』(1941)はいつ録音されたかのデータは一切不明だそうだが、そのとき同様メシアンがピアノパートを受け持ち、チェロも同じくそのときの奏者エティエンヌ・パスキエというきわめて貴重な音源のものとコメントされている。メシアンだけでなくノーベル文学賞受賞を蹴散らした実存主義哲学者ジャンポール・サルトル(1905-1980)、アナール学派形成の礎となった歴史学者マルク・ブロック(1886-1944)、そして20世紀歴史学の金字塔といわれている『地中海』を著したフェルディナン・ブローデル(1902-1985)たちも戦争による同様の<捕虜>という悲痛過酷な虜囚の憂き目を味わせられている。サルトルは42年虜囚の身から解放され43年、20世紀哲学書の最大成果の一つ『存在と無』を著し、ブローデルは40年から43年にわたって捕虜となり収容所の中で、先の歴史学上画期的な『地中海』の草稿を学童用の粗末なノートにしたためていた。だがマルク・ブロックの悲劇は戦争というものの残酷さを深く思わされるとともに、<国家と戦争>という一個人としての時代の超越のなかでの生きざま・実存投企に重い問いを投げかける。俊英として画期をなす業績、研究をなげうち<ナチスによるフランス占領中レジスタンス運動に参加し、1944年6月16日、拷問を受けた後銃殺された>。もちろんこうした<知識人>の悲痛以上に言い尽くせぬ哀哭の悲劇が一般国民にも等しく降りかかったことはことさらに言うまでもない。まさにこの世の黙示録的修羅を目の当たりにしての神を求める精神の切実は、こうした超越事態での希求として当然のごとく高邁な精神に崇高な音連れを聴く。『世の終りのための四重奏曲』こそは神とともにあることへの渇仰の響きであり、≪黙示録のなかの超現実主義的な神秘なビジョンを音の色彩の虹によって追求したもの≫(秋山邦晴)でもある。5楽章、終楽章に聴くチェロおよびヴァイオリンの長く緩やかな嫋嫋と奏でられるソロとともに作曲家メシアン自身が奏でるピアノは聖なる鐘の音のごとく崇高に、また陰々と魂を静めるかのように静やかにうちならされる。いやほとんどの楽章でのメシアンのピアノは鐘の音のように響く。≪最高音へと向かうそのゆるやかな上昇は、人間が神へ向かう上昇であり、神の子がその父へ向かう上昇であり、神聖な創造物が楽園へと向かう上昇である。≫(オリヴィエ・メシアン)こうした弦とピアノの美しい調和のある神々しいまでの響きに満ちた静謐のうちに曲は閉じられる。心洗われるとはこう云うことをいうのだろう。たしかにメシアンは弄ぶ歴史の非情に見、そして聞いたのだ。「この後、もはや時なかるべし。しかれども第七の天使のふくトランペットの鳴りひびく日にいたりて、神の奥義は成就せらるべし」(ヨハネ黙示録第10章)