yuki-midorinomoriの日記

イメージを揺さぶり脳をマッサージする音楽

「生れて何も知らぬ 吾子の頬に 母よ 絶望の涙をおとすな」の詩人竹内てるよ、と「妻を愛し、子供を愛し、身近な人と愛し合いながら生きていきたい。それを平凡なおのれの生き方の芯としてきた」俳人森澄雄。

海ゆかば 1937年に作曲された信時潔の作品。詩は大伴家持

           五省
           一、至誠(しせい)に悖(もと)るなかりしか
           一、言行に恥ずるなかりしか
           一、気力に欠くるなかりしか
           一、努力に憾(うら)みなかりしか
           一、不精に亘(わた)るなかりしか
                    
        

        海行かば 水漬(みづ)く屍(かばね)
        山行かば 草生(くさむ)す屍
        大君(おおきみ)の 辺(へ)にこそ死なめ
        かへりみはせじ
       (長閑(のど)には死なじ)


今月ひと月に亘って連載されている日本経済新聞の「私の履歴書」欄では、俳人森澄雄が執筆している。ところで、今日の投稿記事は残念ながら当人のことどもではなく、その記事(現在連載中)の中にあった引用詩をめぐってのものである。とはいうもののこのすぐれた俳人の句のいくつかを以下に取り上げ掲載して敬しておこうと思う。


「枯 る る 貧 し さ 厠(かわや) に 妻 の 尿 き こ ゆ 」イメージ 1

「除 夜 の 妻 白 鳥 の ご と 湯 浴 み を り」

「妻 が ゐ て 夜 長 を 言 へ り そ う 思 ふ」

「な れ ゆ ゑ に こ の 世 よ か り し 盆 の 花」


さて、この俳人の生年(1919-)から察せられるように、戦争に狩り出され、酷烈を強いられた世代である。≪1942年、九州帝国大学法文学部経済学科卒業と同時に応召、44年から南方を転戦し、46年、復員。≫(WIKIPEDIA)とある。出征(繰り上げ卒業後)のときの荷物には芭蕉の「奥の細道」、ポール・ヴァレリーテスト氏」があったそうである。その俳人が、すでにして敗色濃厚な南方(ボルネオ)の激戦地へ赴く前の、訓練、所属部隊より家族(妹)へ宛てた葉書に引用、認(したた)めたという詩をめぐってが、今日の投稿記事の本題だった。えらく前置きが長くなったけれど。その印象深くした詩文とは次のものであった。
≪「世の中がどのような激しい戦ひのただなかにあらうとも、たそがれは、すべての母が、心静かに、火を焚く時刻である」≫。
当時、俳人はこの詩句が誰のものとも分からず引用したためたということらしい。しかし時を経て、それが、≪美智子皇后児童図書の国際大会で≫読まれて感動を世界に与えた、不遇の女流詩人(平成13年・2001年、96歳にて没)竹内てるよの詩の「たそがれ」の一節であることを知るにいたる。先のくだんの感動は、しかし≪戦後殆んど忘れられていた≫詩人の没後のことであったそうである。また、美智子皇后の若き日の、この詩人との出会いのエピソードも当時話題になったものだった。わたしもこのニュースを知ったとき、この詩の朗読紹介された美智子皇后の聡明さには感じ入ったものだった。覚えておられることだろうけれど、その感動呼んだ詩とは次に引用する詩だった。

「子どもを育てていた頃に読んだ,忘れられない詩があります。未来に羽ばたこうとしている子どもの上に,ただ不安で心弱い母の影を落としてはならない,その子どもの未来は,あらゆる可能性を含んでいるのだから,と遠くから語りかけてくれた詩人の言葉は,次のように始まっていました。」(美智子皇后

       「頬」  
                  竹内 てるよ 作


     生れて何も知らぬ 吾子の頬に

     母よ 絶望の涙をおとすな

     その頬は赤く小さく

     今はただ一つのはたんきやうにすぎなくとも

     いつ人類のための戦ひに

     燃えて輝かないといふことがあらう

     生れて何もしらぬ 吾子の頬に

     母よ 悲しみの涙をおとすな

     ねむりの中に

     静かなるまつげのかげをおとして

     今はただ 白絹のやうにやはらかくとも

     いつ正義のためのたたかひに

     決然とゆがまないといふことがあらう

     ただ 自らのよわさといくじなさのために

     生れて何も知らぬわが子の頬に

     母よ 絶望の涙をおとすな


            ― 詩集 花よわれらは ―


俳人森澄雄の回想記事をきっかけとして、感動の詩を今再び味わうことが出来た。それにしてもなんだか、俳人なのか詩人なのか焦点がぼやけた投稿記事になってしまった。


詩人、竹内てるよ関連ネットページ――