yuki-midorinomoriの日記

イメージを揺さぶり脳をマッサージする音楽

イサン・ユン。占領、民主化、自由への闘いに死刑宣告まで受けたその厳しい暗闘の歴史を民族精神を貫いて奏でる大管弦楽のための幻想的舞曲 「巫楽(ムアク)」 (1978)ほか。

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Isang Yun: Symphony No.1 - 3rd mov.

              

イサン・ユンisang yun(1917 – 1995)
イメージ 2こうでなくてはならないのだとの呟きが必ずと言っていいほど口を突いて出てくる。それほどに深く、剄い精神が聴くものの心を撃つのだといっていい。けっして時代を先駆けるようなアヴァンギャルドではない。むしろ古典的と謂ってよいほどのスタイルである。聞きやすさのなか、迫真のものがある。つよく訴えるのだ。わが邦の民族主義的な曲想ともちがう。弦にしろ打楽器にしろ独特の響きをもっている。静かに激するといったらいいのだろうか。確かに初期のイサン・ユン・尹伊桑isang yunは、ごたぶんにもれず若き先鋭の現代音楽作曲家として、音列技法、無調の点描主義的な作品を残している。しかし活路は内なる民族性への問いかけ、その音楽化、その響きの具現としてあったのだろう。私の好きな現代音楽作曲家のひとりである。すでに2稿ブログへ投稿している。≪<気>の抜けた平和大好きな人々への厳しいイサン・ユンのメッセージ≫と≪東アジアにありての真正な響きの独特を、確かな曲想の中に聴く尹伊桑(ユン・イサン、1917-1995)NAXOS盤(2006・4)≫だった。その稿の中でも記していることだけれど≪KCIA東ベルリン事件で本国に送還。逮捕と拷問を受け、死刑を宣告された≫(WIKIPEDIA)ことはつとに知られたことであり、そうしたことを冤罪として招くほどに、やはり政治、民族性への拘りがあったということなのだろうか。そう思えばおもうほど、より一層の受苦としてのパッションを響きのうちに聞くこととなるだろう。

≪1917年9月17日韓国に生まれる。父は詩人。1933-44年韓国と日本で音楽を学ぶ。大戦中は日本軍占領への抵抗運動で監禁される。終戦後は孤児の指導、音楽の教育に携わる。1956年渡欧。パリ、ベルリンで作曲を学ぶ。ボリス・ブラッハー、ヨーゼフ ルーファーらに師事。多くの作品で成功を収める。1967年突如、KCIA(韓国中央情報局)によって、ベルリンの自宅より拉致され、韓国(当時は朴政権)に強制連行、投獄監禁される。死刑の求刑がされるも、多くの 作曲家や文化人の尽力により、1969年解放される。この事件を契機に、民主化運動の活動に参加する。1969年からハノーバーで、更に70年からはベルリンの芸術大学で多くの作曲家を育てる。作品は、5つの交響曲の他、100曲以上を出版、ベルリン・フィルを初め、多くの優れた演奏家たちによって紹介されて、世界中で演奏されている。1973年から、韓国民主化と南北統一を目的とする組織の主要なメンバーとして活動する。≫(ネットページより)

今日取り上げるアルバム(CD)は、直輸入盤とはいえ、すべてハングル語のみという徹底して民族的な臭い紛々とするものである。ドメスティック此処に極まれりであり、エスノセントリズム(ethnocentrism)か、とも皮肉りたくなろうというものである。そこでネットを覗きこのCDのページにヒットしたので引用させていただく

≪2006年、ユン・イサン(尹伊桑)~10周忌 記念盤!
ユン・イサンが1995年に亡くなってはや11年。生前は韓国ではあまり評価されなかった人です。それどころか1967年、当時のKCIAに西ベルリンからソウルへ拉致されスパイ容疑で終身刑を宣告され、ストラヴィンスキーシュトックハウゼンをはじめとする音楽家たちの署名運動と西独政府の強い働きかけにより、2年後に釈放され、西独の市民権を得てベルリン音楽大学で教育に力を入れてきました。細川俊夫をはじめ日本人の教え子も沢山いますが、韓国人の教え子はほとんどいません。しかしその韓国でも10周忌を記念して韓国を代表するレーベルからCDが発売されました。演奏が東京交響楽団というのも興味深いところ。[文面提供;(株)キング・インターナショナル]

【曲目】
ユン・イサン(尹伊桑):
1. ハープと管弦楽のための序奏(ファンファーレ)と追想 (1979)
2. 大管弦楽のための幻想的舞曲 「巫楽(ムアク)」 (1978)
3. 交響詩曲 「光州よ、永遠に」 (1981)
【演奏】
キム・ホンジェ(金洪才)(指揮)、東京交響楽団

すべて聴き応えがあるけれど、まとまりと完成度としては『2. 大管弦楽のための幻想的舞曲 「巫楽(ムアク)」 (1978)』だろうけれど、やはり韓国軍事政権下での民主化運動で軍と衝突し、多数の死傷者を出した1980年の光州事件(こうしゅうじけん)をとりあげた『3. 交響詩曲 「光州よ、永遠に」 (1981)』は韓国併合という日本の占領にはじまる、自身の自由への願いと闘い、そして死刑宣告まで受けたその厳しい暗闘の歴史をおもうと、その影が音楽として一層の厳しさ、パッションをもって聴くものに迫ってくる。それにしてもこのCD、オールハングル語はいただけない。ということで国内盤が出たあかつきには、ぜひとも聴いていただきたい作曲家であり、作品であると言い募ってこの稿終えることとしよう。



Isang Yun ~ Réak


Isang Yun, Espace I 1/2