yuki-midorinomoriの日記

イメージを揺さぶり脳をマッサージする音楽

武満徹。深い余韻に一音一音が煌き生きて厳しく屹立する『ウインター』(1971)、『マージナリア』(1976)、それに独奏マリンバとオーケストラのための『ジティマルヤ』(1974)。

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Toru Takemitsu - "Gitimalya" for marimba and orchestra

               

武満の芸術は能から来たものだ、といえば、誤解を招くのは当然だ。しかし神事でも執り行うような極度に様式化された音の動きのなかで、精神的な緊張のひじょうな高さと厳しさとをきき手に、伝えずにおかないこと。楽想を充分に展開するより、むしろ、出来るだけ簡潔に集約的に表そうとする傾向の強いこと。この芸術には、音と同じく重要な役割を与えられている沈黙があり、もしというより、音が生起しようとしまいと、いつもその存在をきき手に感じさせる沈黙が支配する中で、鳴らされる音が、その音自体を超える何かの象徴的な性格をおびていること。そうして、最後に、――だがそれが最少というわけではない――この寡黙な音楽が、いつも、劇的なモメントをもっていること。こういったすべてが、私に、能を聯想させずにおかないのである。・・・・私は武満の音楽が能から由来するといっているのではなくて、この二つの芸術には同一の根から発生したのでなければ考えられないような共通性があると思うと言っているのである。

            ―― 吉田秀和ユリイカ」(1975・1)特集・武満徹、ことばと音楽より


イメージ 2今日は久しぶりに武満徹を聴く。収録作品は『ウインターwinter』(1971)、『マージナリアmarginalia』(1976)、それに独奏マリンバとオーケストラのための『ジティマルヤgitimalya』(1974)と以上の3曲。みなカタカナである。そういえば殆んどの曲のタイトルはカタカナだったようだ。どうしてなのだろうか。モダニスト?それとも対外的戦略?。それはともかくこのアルバムのデザインは田中一光と記してあった。LP時代はこうした楽しみ方があった。壁に飾ってインテリアになるのだった。そういう楽しみもあった。武満自身、詩、文学のみならず絵画への関心造詣も賛嘆のほかないものがあった。こうしたことは自身のもって生まれた感性のみならず、若い頃の≪実験工房≫などへのアヴァンギャルドな活動参加がおおいに与っていることだろう。このデザイン、全く洗練された和と洋の伸びやかな競い、ネオ琳派と云いたい感じだ。ともに1930年生まれであったことにネットを覗いていて気がついた。この年代はまったく豊穣な世代だったような感じがする。私の造語だけれど<境界人>世代だ。そういえば、作家開高健も1930年生まれだった。旧制大阪・天王寺中学校(現・天王寺高校)時代の戦時下の生活を綴った「青い月曜日」(1965年)を思い出す。まさに境界人の目で綴った秀作だった。いっきに読んだ記憶がある。所帯をもつ前の、しかももっとも多感な世代、大人と子供の境界という中途半端な精神状況で戦争、敗戦という価値転倒の激震を味わった世代。何かが生まれてこなかったほうが不思議というほどの価値断裂であっただろう。この体験が世間というものに擦れた成人期でなかったことがことのほか重要なことのように思われる。ま、そんなことはともかく、よくも悪くも云われるところの武満トーン。好む人にとっては、たまらなく魅力的な深い余韻をともなった響き、うちだされる音のもつ間合い。だからこそ一音一音が煌き生きて厳しく屹立するのだろう。武満にとっては音は黒く起っているのだ。みんな金太郎飴のように同じ響きではないかとの指摘も分からないでもない。だがこの深い余韻の響きを、これほどに密な照応する空間に放てるものだろうか。音の垂直性こそが武満徹なのだろう。


【≪・・・それから、僕は「音は黒板のように詰まっている」という気がするんだけれど、これも、なぜ「黒板のように」なのかわからない。とにかく黒板のようにみっしり、上に続いているように思えるわけです。ヨーロッパでは白色雑音という言い方をするけれど、僕には黒いものに映じている。有機的に、生きていて、そして黒く塗りつぶしたように詰まっているんですね。】(武満徹「樹の鏡、草原の鏡」より)


【・・・そうなのです、ぼくは発音する音楽をつくりたいのです。吃りだったからそんなことを言っていると思われるかもしれませんが、それもありますが、それよりも、どんな石にも樹にも、波にも草にも発音させたいのです。ぼくはそれを耳を澄まして聴きたいだけなのです。ぼくの音楽があるのではなく、音楽のようなぼくがそこにいれば、それでいいのです。 では‥‥、さようなら。】(松岡正剛の千夜千冊『音、沈黙と測りあえるほどに』より武満徹へのオマージュ抜粋)



Takemitsu – Winter