ピーター・ドラッカー『断絶の時代』(1969)。1969年すでにして「知識社会の到来こそ、最も重要な断絶(=社会の根源的変化)である」と時代を抉って診せた経営学者にして哲人の名著。
今日は目次で読む読書としよう。経済学の破綻は謂われて久しい。こんにち、大学での経済学部の不人気は新聞記事になるくらいのものだから一般的な趨勢なのだろう。これだけ予測の外れる立派な学問もめずらしい?現実分析に役立たない、そして尚且つ方針すら打ち出せない学問が大きな顔しているのも、門外漢からすれば不思議である。したり顔で述べられる経済時評。だがご当人にすればのちのち残してほしくないご託宣となっていることだろう。本当に経済予測の当たったためしがない、とまで言い切りたい衝動がはしる。人間、先のことなぞ分からないのと同じように、歴史、政治経済もそうなのだろう。とはいえ今現実に起こっていることは何か?ぐらいは学問的にしっかりと剔抉し、指針を打ち出すもととなる骨格、パースペクティブを説いてもらいたいものだ。もっとも、先のそうした反省から複雑系の経済学とやらが潮流としてあるらしいけれど。というわけで1969年すでにして「知識社会の到来こそ、最も重要な断絶(=社会の根源的変化)である」と時代を抉って診せたピーター・ドラッカー(Peter Ferdinand Drucker、1909-2005)の『断絶の時代』(1969)。私は経営学などには殆んど興味はないのだけれど、したがってドラッカーの著作には遠かった。しかし数年前、経済人類学の栗本慎一郎の著作を通して、社会哲学者としてのドラッカーを称揚しているのを知るにおよび、促がされ読んで感銘をうけたのだった。自らは未来予測学者ではないと、はっきりとことわり退けているけれど、その予見の見事さ、透徹した社会への眼差しには感嘆のほかない。たぶん人間への、社会への確固とした哲学があるのだろう。この『断絶の時代』の目次を一覧するだけでその卓見、先見性を知ることだろう。わが経済の門外漢はこうした確かな<今>を知りたいのだ。今起こっている変化(=断絶)を知りたいのだった。
第1部 起業家の時代
1章 「継続の時代」の終わり
2章 誕生する新産業
1 産業の成熟化
2 期待される新産業
3 新しい知識の基盤
1 産業の成熟化
2 期待される新産業
3 新しい知識の基盤
第2部 グローバル化の時代
2章 深刻化する途上国問題
1 人種間の格差
2 閉ざされた発展への道
3 資金と人材
1 人種間の格差
2 閉ざされた発展への道
3 資金と人材
3章 役に立たなくなった経済学
1 経済学の無能ぶり
2 グローバル経済、マクロ経済、ミクロ経済
3 新しい経済学
1 経済学の無能ぶり
2 グローバル経済、マクロ経済、ミクロ経済
3 新しい経済学
第3部 多元化の時代
1章 多元化した社会
1 組織社会の出現
2 新種の多元社会
3 組織にかかわる理論の必要性
1 組織社会の出現
2 新種の多元社会
3 組織にかかわる理論の必要性
2章 多元社会における組織の理論
1 組織の役割
2 組織の社会的責任
3 組織の正統性
2 組織の社会的責任
3 組織の正統性
3章 政府の病
1 政府への幻滅
2 政府が不得手とすること
3 政府本来の仕事
2 政府が不得手とすること
3 政府本来の仕事
4章 問われる個人
1 意思決定の責任
2 自由の守り
3 機会としての組織
2 自由の守り
3 機会としての組織
第4部 知識の時代
1章 迫りくる知識経済化
3章 必然の教育革命
1 学校の目的
2 学校教育の延長と継続教育の発展
3 必然の教育革命
1 学校の目的
2 学校教育の延長と継続教育の発展
3 必然の教育革命
4章 問われる知識
1 知識の意味合いの変化
2 政策上のリーダーシップ
3 問われる責任
2 政策上のリーダーシップ
3 問われる責任