yuki-midorinomoriの日記

イメージを揺さぶり脳をマッサージする音楽

ブルーノ・マデルナ『Aura (管弦楽のための)アウラ(気)」(1972)ほか。「音象の朦朧とした揺らぎがことのほか余韻をもって美しく印象深くさせる。

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(上)菱田春草『落葉』六曲一双屏風、右隻 1909(明治42)年
     (下)菱田春草作『落葉』六曲一双屏風、左隻 1909(明治42)年

         岡倉天心は第3回文展でのこの作品を 
         「情趣巧致固より場中第一、近頃の名品と感し申候」と絶賛した。


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Bruno Maderna: Aura (1972) Prima parte

           

イメージ 4かつて日本画に朦朧派と称される≪従来の日本画に欠かせなかった輪郭線を廃した無線描法を試みた≫(WIKIPEDIA日本画の革新の運動があった。菱田春草横山大観らがその推進者だった。時節柄もあり、その菱田春草のかの傑作「落葉」を思い出した。その印象を膨らませたのが今日のアルバムだった。イタリアの作曲家であり、また現代音楽の演奏指揮に貢献あったブルーノ・マデルナBruno Maderna(1920 - 1973)の作品集。53才、惜しまれての死であった。ベリオ、ノーノよりすこし年上の兄貴分といったところだった。「Quadrivium (4人の打楽器奏者と四つの管弦楽群のための)クァドリウィウム 」(1969) 。「Aura (管弦楽のための)アウラ(気)」(1972)。「Biogramma (大管弦楽のための)ビオグランマ 」(1972)
の3作品。ほとんど死の直前に作曲された作品が収められている。そうした思い込みによるせいかも知れないけれど、とりわけ「Quadrivium (4人の打楽器奏者と四つの管弦楽群のための)クァドリウィウム 」(1969)に、その音象の朦朧とした揺らぎがことのほか余韻をもって印象深くさせるのだった。まさに死の前年の2作品「Aura (管弦楽のための)アウラ(気)」(1972)と「Biogramma (大管弦楽のための)ビオグランマ 」(1972)には 私の好みとする≪潤いのある、艶やかな、ふくよかな感じさえする、その豊かで多彩な音色≫を堪能することが出来、それは現代音楽におうおうにして欠ける≪潤いのある、艶やかな、ふくよか≫な美しさを聴かせてくれるのだ。ロマンティシズムが通奏しているといっても言いのだろう。以前の拙ブログでも≪過剰と空疎からは無縁な十二音音楽の旋律の美しさルイージ・ダッラピッコラとふくよかで艶やかなその豊かな音色のブルーノ・マデルナ≫。また、
イメージ 5美しい響き、音色に現代曲であることを忘れさせるほどの、いまや古典の域に入った『NONO,MADERUNA,BERIO』初期作品集≫。と題して、この現代音楽から<美>を手放さなかったブルーノ・マデルナを紹介している。



                  菱田春草「春色」


Bruno Maderna : Quadrivium (1)