yuki-midorinomoriの日記

イメージを揺さぶり脳をマッサージする音楽

グバイドゥーリナ、グレツキほかの東欧および旧ソ連圏作曲家の作品集『モザイクMOSAIC』(1996)。≪旧東側の作曲家たちの音楽に特有な、「聴きごたえ」とは一体、何なのか?≫

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Seven Words Angel Luis Castaño (classical accordion) and David Apellániz (cello) playing Seven Words by Sofia Gubaidulina with the Valencia Symphony Orchestra, conducted by Joan Cerveró in the Castellón Auditorium (Spain)

         

4人もの現代東欧および旧ソ連圏の作曲家の作品集。今日取上げる図書館での予約貸し出しのアルバム『モザイクMOSAIC』(1996)に収録されているヘンリク・ミコワイ・グレツキ(Henryk Mikołaj Górecki,1933- )とソフィア・グバイドゥーリナ(Sofia Gubaidulina, 1931 - )は投稿したことがあるのだけれど、ウストヴォルスカヤIvanovna Ustvolskayaとペレー ツィスGeorgs Pelecis (1947 in Riga)の2人ははじめて?聴く作曲家だ。たまにはこうした類の総花的な企画もので情報を仕入れることもいいだろうということで借り受けたもの。この4人も含めてだけれど、どうして<旧社会主義圏>を出自とする作曲家の作品はこうも精神性を強く感じさせるのだろう。おしなべてそうだ。<根っこ>の存在を感じるといってもいい。その古典的様式や、あるいは新しい動向を取り入れているとしても、安易に手放さないものがあると感じさせる。様式の旧さなどに臆面もない、というような批評言辞の投げかけることを躊躇らわせるものがそこには確かにあるのだ。以前これと同様な感想をギヤ・カンチェリ(またはギア・カンチェリ、カンチェーリ、Giya Kancheli, 1935 トビリシ - )の作品(だったはず)を放送で取上げた作曲家西村朗(第36,40,41回と、それに先日の56回と4回目の尾高賞を受賞している)もそこで述べていたと記憶する。様式、響きすべてに、なにがなんでも新しくなくちゃならないのだといったような軽佻なところがないのだ。語呂あわせではないけれど、いわば<芯>と<真>を感じさせる。このアルバム解説でも≪旧共産圏の音楽は、なぜ聴き応えがあるのか?≫≪なぜ、旧東側の作曲家たちの音楽には、今の西側の作曲家には概して乏しい「聴きごたえ」があるのか?あるいは、旧東側の作曲家たちの音楽に特有な、「聴きごたえ」とは一体、何なのか?≫(解説・片山素秀)と問い考察している。確かにモダンな動向に揺らぐ心はありはすれども、様式の古さをものともせず、手放さずに抱く深く真摯な思いに魅きつけられるのだろう。そうした響きに却って清新を聴くことになるアルバムといえるだろうか。


1.Concerto for Piano, String Orchestra, and Timpani : Galina : ウストヴォルスカヤ Ivanovna Ustvolskaya
2.'Introitus' Concerto for Piano and Chamber Orchestra : グバイドゥーリナ Sofia Gubaidulina
3.Concerto for Piano and String Orchestra: Allegro Molto : グレツキ Henryk Mikołaj Górecki
4.Concerto for Piano and String Orchestra: Vivace
5.Concertino Bianco for Piano and Chamber Orchestra: I- Con Intenerimento : ペレーツィス Georgs Pelecis
6.Concertino Bianco for Piano and Chamber Orchestra: II- Con Venerazione
7.Concertino Bianco for Piano and Chamber Orchestra: III- Con Anima


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