yuki-midorinomoriの日記

イメージを揺さぶり脳をマッサージする音楽

スペクトル楽派、ブライアン・ファーニホウほか、フランスの<電子音響音楽研究施設IRCAM>にかかわる四人の多層多彩で豊かな音色世界に耳そばだて放下(ほうげ)する。

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Ferneyhough- Funerailles (1/2)

           

   雲は垂り行遥けかる道のすゑ渾沌として物ひびくなし (『牡丹の木』昭和18)

これは北原白秋(きたはら はくしゅう、1885年(明治18年)- 1942年(昭和17年))最晩年の歌ということだ。≪1937年、糖尿病および腎臓病の合併症のために眼底出血を引きおこし、入院。視力はほとんど失われた)(WIKI)そうした時期の作品だそうだ。浅学ゆえにこの歌さえ知らなかった。NHKテレビの、とある番組で知ったのだった。なぜこの歌が印象に残ったのだろう。「渾沌として物ひびくなし」病得て暗澹として閉ざされた悲しみ。定かならぬ混沌としてあるひびきは音ですらない。冥き沈黙に「物ひびくなし」として悲嘆する。「音は黒板のように詰まっている」と武満徹はイメージした。そしてまた無響室体験や、東洋思想の感得から<無音>には音がいっぱい詰まっていると喝破したのは「4分33秒」のハプニングを敢行した音楽革命家ジョン・ケージだった。ところで、この4分33秒は<273>という数字ををも示す。これは絶対零度を指し示してもいる。絶対零度とは≪量子力学では、不確定性原理のため、原子の振動が止まることはなく、エネルギーが最低の状態でも零点振動をしている。≫(WIKI)このようなことを推うと、なにやらゆらぎ宇宙論の先覚者のようにも今となっては思えるではないか。

《天地・あめつちがはじめて開かれてよりこのかた、久遠の過去より悠久の未来へと、時を超えて鳴り響く、一大音を、私は夢想する。老子のいう「大音は声なし」とは、このことであって、聴けどもきこえざる声、それは音のない声であり、しかも絶大なる音である。私たちの肉耳の聴覚には、それを識ることが許されていないだけだけなのだ。宇宙は一大音響体であり、宇宙は音の波動に満ち満ちているのである。音は無形であり、宇宙が清浄なのは無形だからこそなのだ。・・・・宇宙の生成化育は、この音霊・おとだまの波動によって、一切がなされていると、私は信じている。》(佐藤聡明

≪「内外の風気わずかに発すれば、かならず響くを名づけて声というなり」≫

        五 大 に み な 響 き あ り

        十 界 に 言 語 を 具 す

        六 塵 こ と ご と く 文 字 な り

        法 身 は こ れ 実 相 な り

                       空海『声字実相義』

        ≪宇宙の音響響き渡り、
        山川草木に共振して、人の声となり、
        五体くだいて言葉となり、またふたたび時空にかえってゆく。≫
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<※>(さい)
イメージ 2【音(オン・イン おと・ね)会意。言と一とを組み合わせた形。もとの字形は言の字を基本とする。言は、神に誓い祈る祝詞(のりと)をいれた器である<※>(さい)の上に、もし偽り欺くことがあれば入れ墨用の針(辛)を立てている形で、神に誓って祈ることばをいう。この祈りに神が反応するときは、夜中の静かなときに<※>(さい)の中にかすかな音を立てる。その音のひびきは、<※>(さい)の中に横線の一をかいて示され、音の字となる。それで音は「おと」の意味となる。音とは神の「音ない(音を立てること。訪れ)」であり、音によって示される神意、神のお告げである。神棚の両開きの扉(門)の前の<※>(さい)の中から、夜ふけに神の訪れの音がすることを闇<あん>(やみ、くらい)といい、また暗いともいう。その音はたどたどしくて聞きにくいものであるから、ことばの不明瞭なことを瘖<いん>(ことばの障害)という。「おと」のほかに、楽器の音や人の消息などの意味に用い、「ね、ねいろ」の意味に用いる。】白川静「常用字解」より)

声を発する<口(くち)>ではなく、神に誓い祈る祝詞(のりと)をいれた器である<※>(さい)と解した、この白川静の発見は画期だった。文字系統の一貫した流れを提示して、これは快挙だった。独創の漢字研究の明け開げだった。従来の漢和辞書とくらべれば分かることだ。

人はこの神韻奏でる響きに耳そばだて我が存在を放下(ほうげ)する。
今日も、昨日にひきつづき中央図書館でネット借り受けたCDの鑑賞記とあいなった。現代音楽演奏のスペシャリスト集団である、アンサンブル・アンテルコンタンポランEnsemble InterContemporainを、ブーレーズと、電子音響が取り入れられている作品を指揮するペーテル・エトヴェシュ(Eötvös Péterrel, or Peter Eötvös, 1944 - )による、いわゆるジェラール・グリゼー(Gérard Grisey, 1946 - 1998)と
トリスタン・ミュライユ(Tristan Murail, 1947 - )らを創始者とするフランスを中心とする、現代音楽の潮流の一つであるスペクトル楽派≪音響現象を音波として捉え、その倍音をスペクトル解析したり理論的に倍音を合成することによる作曲の方法論をとる作曲家の一群。現在ではフランスの現代音楽の主流である。音響分析や合成には、フランスの電子音響音楽研究施設IRCAMの果たした役割が大きい。≫(WIKI)そのIRCAMを音響創造の研鑽の場として関わりのあった作曲家四人の作品集。もっとも、フランスからはユーグ・デュフールhugues dufourt(1943-)一人のみで、あとはイギリスを出自とする
ブライアン・ファーニホウ(Brian Ferneyhough, 1943年1月16日 - )と
ジョナサン・ハーヴェイ(Jonathan Harvey, 1939-)。それにドイツからのヨーク・ヘラーYork Höller (1944 ‐) 。先日取りあげたフィンランドの女性作曲家(Kaija Saariaho, 1952 - )もその影響のもとに優れた作品を出しているひとりといえよう。この中で骨格の確かさを示し、音色響きに冴えを聴かせているのはブライアン・ファーニホウだろうか。緊張感を湛えた、その多彩で引き締まった音色構造はしっかりしたセリエールの土台をもとに作り上げられているのか、緊密で煌めく響きの世界を提示しえている。ジョナサン・ハーヴェイの<鐘>の響きと声をベースにした宗教的美意識プラス電子音響世界の作品もシュトックハウゼンの初期作品の瑞々しさ、清冽さを、より洗練にした趣きで面白い作品に仕上がっていた。ドイツのヨーク・ヘラー作品もエレクトロニクスと相乗しての多層多彩で豊かな音色世界をつくりあげて、聴き応えがあった。



1.デュフール「アンティフィシス~フルート独奏と室内オーケストラのための(1978)
2.ファーニホウ「葬式」 ヴァージョン1(1977)、ヴァージョン2(1980)
3.ハーヴェイ「モルトゥオス・ブランコ、ヴィヴィオス・ヴォコ
4.ヘラー「アルクス(孤)」(1978)



Dufourt- Antiphysis (1/2)