yuki-midorinomoriの日記

イメージを揺さぶり脳をマッサージする音楽

谷川 雁。<瞬間の王>

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今は昔、谷川 雁(たにがわ がん、1923 - 1995)が在った。今日この詩人・思想家を取り上げたのはまったくの気まぐれでしかない。

   われわれは暗いところから飛んできた
   符号にすぎぬ
   あわれな偶然が片隅でもえる世界の
   無数の柱のうちのひとつにすぎぬ

           (「自我処刑」より)


   「天山」

  そこは頂であったか 谷底であったか
  世界の歌よりもたかく……
  一本の蝋燭の忍耐には如かなかった
  沈黙よりも高い雄々しさがあろうか
  してみれば山脈とは
  ひとつの礼拝の感情であるか
  砂に埋もれた蝸牛殻と
  絶望にも染まぬ湖を作ったのは
  耳のない者のための音楽であるか
  そのためにはどんな鉱石も
  死をねがわないものはなかった

  夕べ 鍛冶屋の水に沈んだ
  黒い母への賛歌であるか
  みよ 真紅の旗が起った
  かの天を磨きつづける湖のほとりに
  光の劇は終わった 骰子は答えたのだ
  橄攬(オリーヴ)の暗いまことに
  ありなしの文字が浮かんだ
    君臨せよ 影と砂の国に
    しられざる者こそ王

  みんな嘘だ
  なかばくずれた修辞の窓から
  ありもしない季節が呼んだだけなのだ
  認識は放浪のつぎに来た
  長い祈祷のあとで
  青ざめてゆく森があった
  自らのかがやきに撓みながら
  村は燃えようとしたが果たさなかった

  鎖のような夜と夜をくぐり
  おれは脱出をつづけねばならなかった
  逃げながら おれは街道と
  ながれゆく霧の手をとった
  ふるい ふるい星の光を手首にしめた
  しずかな動物儀礼の夜
  おれはいくつかの危機を彫琢した
  一本の鞭でそれをかざった
  夜はいわばおれの冠であった
  唾のように光消えてゆく
  風はおれの印璽(しるし)であった
  いや 風は
  天山(あちら)から吹くものではないか


  起ち そしてあゆめ 時よ
  くちずけせよ 朝の岸辺に わがしかばねよ
  えたいのしれぬ愛 それこそ「明日」なのだ

       (「わが墓標のオクターヴ」より)