yuki-midorinomoriの日記

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野田暉行『ヴァイオリンとピアノ、チェロのための三重奏曲』(1963)。清新な響きをもつ作品。派手さはないが、もっと多くの人に聴いていただきたい作曲家のひとりだ。決して退屈なつまらぬ保守的作曲家ではない

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昭和45年度小学校の部 課題曲「空がこんなに青いとは」:野田暉行

           

野田暉行(のだ てるゆき、1940 - )。≪類まれな和声感や構造性、真髄を捉えた旋律は国内外からも非常に高く評価され頻繁に演奏されている。≫(WIKI)のだそうである。たしかに、すぐれた作品を多く出している作曲家だ。こんにち今をときめく西村朗新実徳英らの師でもある。さて、だいぶ前に、≪まえまえから、いつ投稿しようかイメージ 2とあぐねていた野田暉行の22歳のときの作品、その驚くほどの練達した秀作品の『ヴァイオリン、ホルン、ピアノのための三重奏曲 』(1963)を取り上げる機縁が出来た。古典的なのに(のゆえ?)まとまりよく初々しく美しいのだった。芸術家に年など関係ないのかもしれないけれど、これが22歳在学中の作品とは!と印象したものだった。≫と鑑賞記を述べた。この感想以上を出ないのだけれど、今回の『ヴァイオリンとピアノ、チェロのための三重奏曲』も22歳の在学中に作曲されたそうだ。こういうシンプルで清新な響きを室内楽トリオで聴くのは気持ちがいいものだ。繰り返しだけれど「初々しく美しい」。
ところで、好きな作曲家はの問いに≪真正の音楽を持った作曲家はすべて好き。そうでない音楽家はすべて嫌い。敢えて一番近い時代の一人を上げれば、Alban Berg≫なんだそうだ。アルバン・ベルクか・・・たしかに、そうかもしれない。引き締まった現代の響きと抒情。さて、もう一曲は折口信夫(おりくち しのぶ、1887 - 1953)の「彼(か)の人の眠りは、徐(しず)かに覚めて行つた。まつ黒い夜の中に、更に冷え圧するものゝ澱んでゐるなかに、目のあいて来るのを覚えたのである。した した した 耳に伝ふやうに来るのは、水の垂れる音か。・・・」の出だしで知られた「死者の書」と、「彼(か)の人」である大津皇子の詩をテキストにした混声合唱作品『死者の書』。古代を舞台とする「声」によるエモーショナルな表現世界。これも見事な作品だ。派手さはないが、もっともっと多くの人に聴いていただきたい作曲家のひとりだ。決して退屈なつまらぬ保守的作曲家では断じてない。




野田暉行『ヴァイオリンとピアノ、チェロのための三重奏曲』(1963)、『混声合唱死者の書』(1971)

http://www.bcamusic.com/noda/noda.html ピアノ協奏曲、弦楽四重奏曲などサワリの部分の試聴
 

野田暉行関連投稿記事――

http://blogs.yahoo.co.jp/tdhdf661/53326726.html 野田暉行『ヴァイオリン、ホルン、ピアノのための三重奏曲 』(1963)。芸大在学中の作品。なんとなんと!古典的なのにまとまりよく初々しく美しい。

http://blogs.yahoo.co.jp/tdhdf661/53535945.html 平吉毅州](ひらよし たけくに、1936 - 1998)『交響変奏曲』(1969)の、しなやかな感性その練成、および野田暉行「コラール交響曲」(1968)の魅せる音響造形。

http://blogs.yahoo.co.jp/tdhdf661/57584040.html民音現代作曲音楽祭79-80』。どれを聴いても時代と音・響きに生きていたとの印象を抱かせる。

http://blogs.yahoo.co.jp/tdhdf661/49779400.html 声という、生命ある人にとっての初源の現象と歌と音楽。パロールとラングのせめぎあう<音楽・声>生成の熱き場への通時、共時的果敢LP7枚組み『合唱音楽の領域・その新しい地平』(1975)

http://blogs.yahoo.co.jp/tdhdf661/48878538.html 「静寂の中に祈りを見出すという」平義久ほか、共通感覚に余韻と間(ま)を聞きとる『東京五重奏団の世界』(1974)2枚組。