『小唄 ~邦楽名曲セレクション』。なんとも物憂く、遣る瀬無く、気もそぞろ。「どうせこの世は水の流れか空ゆく雲か……」
に ほ ひ あ る 衣(きぬ)も 畳 ま ず 春 の 暮 れ 蕪村
小唄音源(五曲)あり、ぜひクリックを:http://kouta-renmei.org/etc.html 小唄の歴史 - 社団法人 日本小唄連盟
洋楽で凝ったアタマをマッサージ。ということできょうは小唄のアルバム。爪弾く三味の音に艶のある声。もう、たまりません。いつもながらネット図書館で借り受けたもの。いままでも、新内や、端唄、長唄、都々逸など聴いてきが・・・。
さて、その小唄とは≪ぼんやりとした唄い方で、呟く様に軽妙に粋に唄うのが特徴≫(WIKI)なんだそうで。なんとも物憂く、遣る瀬無く、気もそぞろ。
「どうせこの世は水の流れか空ゆく雲か……」
小唄のレコード
九鬼周造
林芙美子(はやしふみこ)女史が北京の旅の帰りに京都へ寄った。秋の夜だった。成瀬無極(なるせむきょく)氏と一緒に私の家へ見えた。日本の対支外交や排日問題などについて意見を述べたり、英米の対支文化事業や支那(シナ)女性の現代的覚醒を驚嘆していた。支那の陶器の話も出た。何かの拍子に女史が小唄が好きだといったので、小唄のレコードをかけて三人で聴いた。
「小唄を聴いているとなんにもどうでもかまわないという気になってしまう」
と女史がいった。私はその言葉に心の底から共鳴して、
「私もほんとうにそのとおりに思う。こういうものを聴くとなにもどうでもよくなる」
といった。すると無極氏は喜びを満面にあらわして、
「今まであなたはそういうことをいわなかったではないか」
と私に詰(なじ)るようにいった。その瞬間に三人とも一緒に瞼を熱くして三人の眼から涙がにじみ出たのを私は感じた。男がつい口に出して言わないことを林さんが正直に言ってくれたのだ。無極氏は、
「我々がふだん苦にしていることなどはみんなつまらないことばかりなのだ」
といって感慨を押え切れないように、立って部屋の内をぐるぐる歩き出した。林さんは黙ってじっと下を向いていた。私はここにいる三人はみな無の深淵の上に壊れやすい仮小屋を建てて住んでいる人間たちなのだと感じた。
私は端唄や小唄を聞くと全人格を根柢から震撼するとでもいうような迫力を感じることが多い。肉声で聴く場合には色々の煩わしさが伴ってかえって心の沈潜が妨げられることがあるが、レコードは旋律だけの純粋な領域をつくってくれるのでその中へ魂が丸裸で飛び込むことができる。私は端唄や小唄を聴いていると、自分に属して価値あるように思われていたあれだのこれだのを悉く失ってもいささかも惜しくないという気持になる。ただ情感の世界にだけ住みたいという気持になる。
「どうせこの世は水の流れか空ゆく雲か……」
Avalanche, veux-tu m'emporter dans ta chute ?
〔雪崩よ、汝が落下の裡(うち)に我を連れよかし〕
九鬼周造
林芙美子(はやしふみこ)女史が北京の旅の帰りに京都へ寄った。秋の夜だった。成瀬無極(なるせむきょく)氏と一緒に私の家へ見えた。日本の対支外交や排日問題などについて意見を述べたり、英米の対支文化事業や支那(シナ)女性の現代的覚醒を驚嘆していた。支那の陶器の話も出た。何かの拍子に女史が小唄が好きだといったので、小唄のレコードをかけて三人で聴いた。
「小唄を聴いているとなんにもどうでもかまわないという気になってしまう」
と女史がいった。私はその言葉に心の底から共鳴して、
「私もほんとうにそのとおりに思う。こういうものを聴くとなにもどうでもよくなる」
といった。すると無極氏は喜びを満面にあらわして、
「今まであなたはそういうことをいわなかったではないか」
と私に詰(なじ)るようにいった。その瞬間に三人とも一緒に瞼を熱くして三人の眼から涙がにじみ出たのを私は感じた。男がつい口に出して言わないことを林さんが正直に言ってくれたのだ。無極氏は、
「我々がふだん苦にしていることなどはみんなつまらないことばかりなのだ」
といって感慨を押え切れないように、立って部屋の内をぐるぐる歩き出した。林さんは黙ってじっと下を向いていた。私はここにいる三人はみな無の深淵の上に壊れやすい仮小屋を建てて住んでいる人間たちなのだと感じた。
私は端唄や小唄を聞くと全人格を根柢から震撼するとでもいうような迫力を感じることが多い。肉声で聴く場合には色々の煩わしさが伴ってかえって心の沈潜が妨げられることがあるが、レコードは旋律だけの純粋な領域をつくってくれるのでその中へ魂が丸裸で飛び込むことができる。私は端唄や小唄を聴いていると、自分に属して価値あるように思われていたあれだのこれだのを悉く失ってもいささかも惜しくないという気持になる。ただ情感の世界にだけ住みたいという気持になる。
「どうせこの世は水の流れか空ゆく雲か……」
Avalanche, veux-tu m'emporter dans ta chute ?
〔雪崩よ、汝が落下の裡(うち)に我を連れよかし〕
『白扇』 (本調子)
白扇の 末広がりの末かけて
かたき契りの銀要
輝く影に松ヶ枝の 葉色も勝る深緑
立ち寄る庭の池澄みて 波風立たぬ水の面
うらやましいではないかいな
かたき契りの銀要
輝く影に松ヶ枝の 葉色も勝る深緑
立ち寄る庭の池澄みて 波風立たぬ水の面
うらやましいではないかいな
『秋の夜(あきのよ)』
秋の夜は
長いものとは まん丸な
月見ぬ人の心かも
更けて待てども 来ぬ人の
訪ずるものは 鐘ばかり。
(http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/edc8/deao/kouta/index.html 日本の伝統音楽・小唄)
長いものとは まん丸な
月見ぬ人の心かも
更けて待てども 来ぬ人の
訪ずるものは 鐘ばかり。
(http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/edc8/deao/kouta/index.html 日本の伝統音楽・小唄)
『小唄の四季』
笛の音にはずむ宴や 春の曲
吹いて嬉しい すず風に
夏は身を焼く 蛍火の
契り短き調べかな
萩の下葉におく露の 心細さよ
はらはらと散りて紅葉の 秋の唄
いつしか冷えし 指先に
綴る小唄の爪弾きも
冬は冴えゆく 月の面(も)に
そぞろ恋しき 人のおもかげ
吹いて嬉しい すず風に
夏は身を焼く 蛍火の
契り短き調べかな
萩の下葉におく露の 心細さよ
はらはらと散りて紅葉の 秋の唄
いつしか冷えし 指先に
綴る小唄の爪弾きも
冬は冴えゆく 月の面(も)に
そぞろ恋しき 人のおもかげ
『小唄 ~邦楽名曲セレクション』
唄:春日とよ、蓼胡鈴、蓼胡房、蓼胡喜美、ほか
1.勧進帳
2.与三郎
3.佐七
4.夕霧
5.雪のあした・雲にかけ橋・からくりの
6.葉桜や・八重一重
7.空や久しく・春風が誘う
8.二人の中を・今朝の別れ
9.宵の口説・濡れてみたさに
10.夕立や・ここは住吉
11.晩に忍ばゞ・わしに逢いたくば
12.修善寺物語
13.もやい舟
14.子持梅
15.俄か百姓
16.小唄の四季
17.恋の花
18.茜空
19.行く春
20.恋柳
21.たまの逢瀬
22.萩の露
2.与三郎
3.佐七
4.夕霧
5.雪のあした・雲にかけ橋・からくりの
6.葉桜や・八重一重
7.空や久しく・春風が誘う
8.二人の中を・今朝の別れ
9.宵の口説・濡れてみたさに
10.夕立や・ここは住吉
11.晩に忍ばゞ・わしに逢いたくば
12.修善寺物語
13.もやい舟
14.子持梅
15.俄か百姓
16.小唄の四季
17.恋の花
18.茜空
19.行く春
20.恋柳
21.たまの逢瀬
22.萩の露
※ 参考――
小唄音源(五曲)あり:http://kouta-renmei.org/etc.html 小唄の歴史 - 社団法人 日本小唄連盟