yuki-midorinomoriの日記

イメージを揺さぶり脳をマッサージする音楽

井上章一『伊勢神宮』。とかく神の歴史は眉に唾。語る人びとのその思い入れ、思い込み、イデオロギー。俗っぽく学(閥)闘入り乱れ、<トンデモ?>飛びかいオモシロい。

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イメージ 4伝統なるものの、それも政治・思想的意図でのそれらを、どうしても胡散臭く、眉に唾つけたくなる性分で・・・。ということで井上章一の『伊勢神宮』をネット図書館で借りてきて読書。伊勢神宮は、団塊親父の小生のような、大阪の小学生たちの修学旅行先(今は違うだろうけれど)だったところと記憶するが。赤福もちを全校集団手土産として持って帰ったのではなかったかしら。それ以来ついぞ足を踏み入れた、いや参拝した記憶はない。けれど、あの森閑とした静寂のなか凛として建ちおさまっている姿は、やはり独特の深い気韻、厳かな神々しさを感じさせる。その意味では神社は好きな精神空間ではある。ただ短絡的かもしれないけれど、明治よりこのかた、悲劇的戦争へのナショナリズムを裏支えした戦前の国家神道へのマイナスイメージがどうしても神社を遠ざける。しかし八百万の居ますわが日本の神社の数を思えば、そこに流れ貫通する歴史、思想へと関心を否応なしに向けさせる。わたしの神道への基本的なスタンスはほぼ1年半前に≪西田長男&高橋秀元『神道の宇宙』。≫として投稿した内容に尽きるのだけれど。各論はあまり興味はない。


しかし実体としての社・ヤシロ、それも居丈高な壮大さを誇る社殿をもつ。そこには上記どおり、ご神体も何もない(カラッポ)のだが。

イメージ 2で、神社中の(別格)神社、皇室の氏神を祀る伊勢神宮。その千木(ちぎ)・鰹木(かつおぎ)をもつ神明造(しんめいづくり)、唯一神明造りのそのヤシロのたちすがたには、われわれに神秘的な問いの投げかけがあることだろう。

≪清浄で質素で力強い伊勢神宮の姿は、「日本人の魂」の原風景になっています。仏教の伝来とともに伝わった「外来」の寺院建築に対し、伊勢神宮の姿こそが、「日本古来」の建築の原型であるとの主張がなされてきました。 しかし本当のところはどうなのでしょうか?≫(通販ネットサイトより)

こうしたことをめぐって、500余頁をついやしての甲論乙駁検討した大部な書物。何の実証的物的根拠もなしにあれやこれやと思いをめぐらす学者たち(謎が謎である限り喰い逸れはない)の姿もイヤハヤで、学(閥)闘入り乱れ、<トンデモ?>飛びかいオモシロく勉強にはなる。

伊勢神宮がおおよそ確かな事(文献等の史実。仏教伝来鎮護国家を基本理念にした律令制の確立にともなう神祇制の整備)として桓武天皇(かんむてんのう、天平9年(737年) - 延暦25年3月17日(806年4月9日))時代、つまりは700年イメージ 3代に今に継がる威容をもって立ち現れているのだそうだ(物的・史的裏付けもなくストレートに皇紀2000年と重ね言い募るが、それ以前の姿はハッキリとしていない由)けれど。斯く同様、≪伊勢神宮の姿こそが、「日本古来」の建築の原型である≫と弥生時代の建築様式にまで思い入れ遡及して歴史を語る、いや偽作する動向、そのイデオロギーとは?・・・。

       図像写真:想像上の「日本古来」の民俗建築