西村 朗『クラシックの魔法―スピリチュアル名曲論』(講談社)。当代きっての現代音楽作曲家の手による初級者向けの啓蒙書であり、それに評論家のものと違って変な偏った思いいれのないぶん素直に読める。
クラシックの魔法 スピリチュアル名曲論01
この本は、クラシック音楽という「家」への、心底からの入門書であるとともに、未知の荒野をゆく僕自身のために書いた、大切な音楽の「家」のスケッチでもあり、感動体験メモであります。クラシック音楽は神から人へのスピリチュアルな、魔法のギフトです。どうぞそれを受け取ってください。(あとがきより)西村 朗(にしむら あきら、1953 - )著『クラシックの魔法―スピリチュアル名曲論』(講談社)をネット図書館で借り受け読書。
ふだんから、名曲、名演紹介といった類の本はほとんど手にすることはないのだけれど・・・。というのも、クラシック音楽ファンを自認しているものの、こういったものを読むとあれも聴いていない、これも聴かなくちゃと、強迫観念めいた思いに囚われ精神衛生上はなはだよろしくないということもあり、いままで見ザル読まザルで意志的に遠ざけてきた。怠惰とは思いつつ・・・。だけど読めば読んだで勉強にはなる。とりわけ、当代きっての現代音楽作曲家の手によるシロウト向けの啓蒙書であり、それに評論家のものと違って変な偏った思いいれのないぶん素直に読める。それに、さすが現代音楽にたずさわっている現役の作曲家、最後は現代音楽への通観、思いで締め括られている。あくまで心に食い入る名作、傑作の平易な解説紹介(五線譜おたまじゃくしを使わず)に徹しており、演奏はどれが良いだのの(これを飯のタネにしている)評論家諸氏のくだらない(思い入れ過多の・・・、と言いつつ私のブログもそうですが、私はシロウトでありメシのタネにはしておりません)記述などないぶんすっきりしている。斯くなる推奨の名演名盤(期待を抱かせる反動もあり)にいいものに出会ったタメシはほとんどなかったもので・・・。
といいつつ、巻末のとりあげられている名曲の数々、そのリストを見ると、うむむむ・・・と俄かに気になりだした。困ったものだ。
といいつつ、巻末のとりあげられている名曲の数々、そのリストを見ると、うむむむ・・・と俄かに気になりだした。困ったものだ。
だから言わんこっちゃない・・・。
西村朗、関連投稿記事――
http://blogs.yahoo.co.jp/tdhdf661/60350889.html 高橋悠治、一柳 慧(とし)、新実徳英、西村朗『21世紀へのメッセージ(1)』(1994)。とりわけ高橋悠治の「鳥も使いか~三絃弾き語りを含む合奏」(1994)は斬新さで秀逸。ゾクゾクする三絃の弾き語り
http://blogs.yahoo.co.jp/tdhdf661/53652658.html 西村朗『蓮華化生・西村朗オーケストラ作品集Ⅰ』(1998)。地に這い拡がり、荘厳に天轟かす超限神慮の響き。ネオロマンティスト、至高の音響体への自己投企。
http://blogs.yahoo.co.jp/tdhdf661/53217175.html 西村 朗 『作品集』。響きの追求、その造形、ソノリティへの並々ならぬ関心。響き、音に酔う、自己陶酔、その激しさ。
http://blogs.yahoo.co.jp/tdhdf661/60785184.html 湯浅譲二×西村朗「未聴の宇宙、作曲の冒険」(春秋社・2008)。情緒に流されず、理をもっての確かな実験精神と冒険の果敢が享受する未聴の音の世界を語る。音響の創出とは何か?。
http://blogs.yahoo.co.jp/tdhdf661/60619517.html 『光の雅歌―西村朗の音楽』(春秋社・2005)。まだ50才代、現役の作曲家にしての作品形成史・解題本。その人気実力のほどが窺われるというものだろう。
http://blogs.yahoo.co.jp/tdhdf661/60375153.html 『作曲家がゆく・西村朗対話集』(春秋社・2007)。黛・武満以降世代の、70年を境とする前衛の退潮(価値相対多元化の転換期)に船出した作曲家たちの苦闘・暗闘の姿、その声を聴く。