yuki-midorinomoriの日記

イメージを揺さぶり脳をマッサージする音楽

ウィリアム・シューマン、ネッド・ローレム『交響曲第7番ほか』(1974)。こういう保守的な作品をブーイングするでもなく?受け入れるおおらかさ、保守的頑固さ、いや頑迷というべきか・・・。

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William Schuman: Sinfonia No.7 (1960) Mov.1 e 2

              

四日前に≪ハワード・ハンソン/ヴァージル・トムソン『交響曲第6番/ルイジアナ・ストーリー 』。保守的なアメリカンカントリー・ノスタルジアの曲趣。おおらかなものです。≫と投稿した流れで、きょうも米国の作曲家二人の作品集。ひとりはウィリアム・ハワード・シューマン(William Howard Schuman, 1910 – 1992)。あの音楽史的天才のシューマンロベルト・シューマン Robert Alexander Schumann)とは何の関係もなさそう。今年の春先に≪ウィリアム・シューマン『交響曲第8番、ほか』。米国の堅実なというか、保守的な作風の曲。ツマラナイ!クダランと一顧だにせず唾棄するほどの拙さでもない。ただ、はっきり言って革新の斬新はない。≫と一稿投稿している。で、もうひとりはNed Rorem (1923-)。あまり紡ぎだすことばを持ちあわせてはいないのだけれど。こういう保守的な作品をブーイングするでもなく?受け入れるおおらかさ、保守的頑固さ、いや頑迷というべきか・・・。かたやの音楽革命家・ジョン・ケージなどアヴァンギャルドを生み出す反面、営々と斯くなる保守的作品をつくり続ける(受け入れる聴衆あってこそともいえる)臆面のなさ。自己信念と言やあそうなんですが・・・。

イメージ 2先の投稿記事でも言いましたが、ウィリアム・シューマンの豊麗なオーケストレーションはすばらしいものがあって、これは魅力的だ。もうひとつのネッド・ローレムの「Third Symphony」はカントリーの香気もつハリウッドライク(臆断なのだろうけれど、どうしてもこのように聴こえてしまう)な曲趣のオーケストラ作品。
                              Ned Rorem→
保守的米国作品をスノッブな、とまでは言い切る勇気はないですが・・・。






ウィリアム・シューマン、ネッド・ローレム『交響曲第7番ほか』(1974)
Schuman: Symphony No. 7 / Rorem: Third Symphony 1974

A-1.Schuman:Symphony No. 7 (1960)
B-1.Rorem:Third Symphony(1958)



Ned Rorem - Symphony No.2 - 2nd & 3rd mvts.wmv